キャッシング過多に起因する悲惨な体験とその後の人生の方向性の変化

兵庫県神戸市在住の45才です。

いわゆるモノづくりのメ-カ-の営業マンです。

一時期、キャッシングに起因するゴタコダで失職寸前にまでなりましたが、踏みとどまって今も働いています。

私は、子供の頃から、お金にはこだわりがある方でした。何かの機会に支払いが発生するとよほどのことがない限り、現金払いをしてきました。借金をするということは基本的に、誰かにお金のことで助けてもらうことになるし、カ-ド払いも広義に解釈すると誰かに借金をすることになるので、嫌でした。

現在は考え方がかなり変わってしまいましたが、大学生のころ、つまり22歳までは、人生では家を買う時以外は借金はするまいと決めていました。私の父親が競馬好きでが、いろんなところに借金を作り、家にも取り立ての人が何回か来たことがあり、それが私のトラウマになっています。

子供ごころに、「借金はするまい。もし借金をしないと買えないものは我慢するべし」「競馬とかのギャンブルは絶対にしない、したら人生負けだ」という風に思っていたのは事実です。

どうしてキャッシングすることになったのか

工作機械のメ-カ-の営業部隊に在籍し、入社以来ずっと工場での製造ラインで使用する大型機械をセ-ルスし、販売にこぎつける仕事をしていました。

私に限らず、営業職というのは、順調にいくこともありますが、そうでないこともよくあり、気分転換が必要な職種であります。前のお客様でぼろくそに言われることはありますが、次のお客様を訪問するときは、カラッとした日本晴れの顔で訪問することが必要です。

営業マンはみなそれぞれ、気分転換の方法を持っており、私の場合はパチンコでした。父親が休みのたびに競馬場に通って、挙句の果てに借金をつくって家まで取り立てが来たことにより、ギャンブル嫌悪症にすらなっていた私が、いつの間にかパチンコマニアになっていたのでした。

父親の競馬の場合は、自分のためだけの歓楽に興ずるということでアウトという考え方をしていましたが、自分のパチンコの場合は、停滞した営業マインドに活を入れるという意味がありOKだったのです。今思うと、ものすごい論理矛盾がありますが、当時の私には正しい理論武装だったのでした。

キャッシングの悲惨な泥沼へ

パチンコの機会もどんどん進歩発展し、お客さまの利便性が極端に上がりましたし、お客さまの支払いも極端に上がりました。

子供の頃、父親と一緒に行った50年前のパチンコ店では100円で30分程度遊べましたが、当時の最新の機械だと1000円が5分で無くなってしまいます。場合によっては、1000円が5分で10倍になることもあるのです。

いわゆる、射幸心をあおるような作り込みがなされているようになっていました。たまに大当たりがあるので、なかなか席を立つことがしんどくなり、パチンコ中毒者が全国のあちこちに出没するのも自然な流れではありました。

当時、会社の営業周りの間に立ち寄った私も、重度のパチンコ中毒者になっておりました。手持ちのお金は、すぐに無くなり、家族に借りられるのも限界がありますし、消費者金融の申し込みをした、いわゆるキャッシングをしたのはその時が最初でした。

心のどこかで、「借金はするまい。もし借金をしないと買えないものは我慢するべし」「競馬とかのギャンブルは絶対にしない、したら人生負けだ」という人生の格言を復唱をするものの、射幸心の毒にはまった体と頭は動じませんでした。

いわゆる、転落の始まりではありました。

多重債務からの脱出

人は「ギャンブルは怖いと」と言います。特にパチンコほど怖いものはありません。なぜならパチンコ店は街のいたるところにあり誰もが気軽に足を運べるからです。

父親が愛した競馬や競輪ともなると街中にはなく、たいていは郊外にありますから。簡単には中毒にはなりにくいように思います。

ただ、いくら言い訳しても、発生する借金は、返さなければなりません。気がついたときにはわずか半年間で200万円ぐらいの借金ができることも珍しくない状態になっていました。

キャッシングに使ったのは、アコム、プロミス等の大手消費者金融ばかりでした。

取り立ての悪いイメ-ジはぼんやりとはわかっていたからです。とはいうものの、借りたお金はも化した方は何らかの形で催促が入ります。昔ならば、家とか会社に、強面の人たちがおしけてくるのだと思いましたが、電話は入ります。けっこう厳しいです。会社にも当然入ります。

何とかこの地獄のような生活から抜け出そうと考えに考えた結果、最終的に借金総額が大幅に軽減され毎月の返済額がすくなくなる「債務整理」という方法を選択することにしました。会社の総務部門に相談していろいろと知恵を借りて、決めた方法でした。今回は会社の理解もあり、退職ということにはなりませんでした。次は、依願退職ということになります。もうパチンコはしないつもりです。

まとめ

父親を見てギヤンブル嫌悪症になりながら、ずっぼりパチンコ依存症になり、キャッシング過多でつらい思いをしました。

借りたお金は基本的に返さないといけないですが、返さないと社会的に葬り去られるということを体感しました。

「ギャンブルには近づかない、借金しないと出来ないことは諦める」 ・・・で当面は人生を進むこととしました。